東京地方裁判所 昭和35年(ワ)6897号 判決 1961年3月15日
原告 氷上商事株式会社
被告 国
訴訟代理人 木下良平 外一名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告代表者は別紙訴状写記載のとおり請求の趣旨並びに原因を述べ、
被告指定代理人らは別紙答弁書写記載のとおり答弁した。
理由
本件建物について、昭和三四年五月七日、東京地方裁判所から敷地の所有者久保井浜子を債権者、建物所有者建部弘を債務者とし、債務者の占有を解いて執行吏の保管に付する旨、占有移転禁止の仮処分命令が発せられ、同日執行されたこと、これより先き昭和三三年九月二四日、訴外高津産業株式会社から、建部弘に対する抵当権実行のため東京地方裁判所に対して本件建物の任意競売の申立があり、同月二五日、競売手続開始決定がなされていたこと、前記仮処分の執行後である昭和三五年一月二九日の競売期日において、原告が最高価競買人となり、同年二月二日、原告に対する競落許可決定がなされ、原告が競落代金を納入して本件建物を競落するに至つたこと、右競売事件の記録に右仮処分関係の書類が綴ぢ込んでなかつたこと、原告の競落前、昭和三四年八月六日、仮処分債権者久保井浜子の申請により執行吏代理が本件建物の点検に赴いた際、訴外広瀬一郎が原告の指図で入居していたので、執行吏代理が、仮処分命令に基き、同人を本件建物から排除したことは、すべて当事者間に争がない。
原告は、占有移転禁止の仮処分執行中の建物につき競売手続を進行し競落許可決定をすることは違法である、仮りにそうでないとしても、競売事件記録中には仮処分関係書類を編綴する等、競買人をして仮処分の存在を知らしめるべき措置を執るべく、そのことなくして競落許可の決定をなし、競買人をして建物所有権を取得しながら引渡を受けることができない事態に陥らしめることは執行裁判所として違法である旨、主張する。
占有移転禁止の仮処分執行中の建物につき執行裁判所が競落許可決定をすることは、執行裁判所が一方において占有移転を禁止した建物につき他方において占有移転の原因を許可するものではあるけれども、その禁止は本案判決確定までの仮りの処分であるとともに、その許可は、建物引渡命令ではないのであるから、相矛盾せず、また競落人が競落建物につき所有権の取得と同時に引渡を受け得ない事態を生ずるものではあるけれども、競落許可決定は、競落建物の引渡までも保障し命令するものでなく、既に仮処分によつて占有移転が正当に仮りに禁止されている以上は、止むを得ない事態であり、その事態から生ずる不利益や危険は競落人において負担する他はない。
占有移転禁止の仮処分執行中の建物につき競落許可決定をすること自体が違法でないとしても、競売事件記録中に仮処分関係書類を編綴する等、競売手続の一環として、競買人をして仮処分の存在を知らしめるべき措置を執るべきであるとの原告の主張についてみるに、競売法および民事訴訟法は、不動産の任意競売手続において、不動産上の権利者としてその債権を証明した者を利害関係人とし(競売法第二七条)、「登記簿に記入を要しない不動産上権利を有する者はその債権を申し出るべき」旨並びに「利害関係人は競売期日に出頭すべき」旨を公告することとし(競売法第二九条、民事訴訟法第六五八条)、登記のない不動産上の権利の存在については、その権利者に申出の機会を与え、任意の申出をまつてはじめて利害関係人として競売手続に関与の機会を与えるとともに執行記録に備えて当事者をしてその存在を知らしめ、債権者、債務者、利害関係人三者の利益の調節を図つているのであつて、かかる債権の証明、申出をしない権利者のすべてについて、執行裁判所が職権をもつて探知調査し、関係書類を執行記録に備え、公告その他競買人に知らしめるべき措置を執ることを命じた規定はない。競売物件たる建物に対する占有移転禁止仮処分の債権者が、右の諸規定にいう不動産上の権利にして登記のないものに該当するとしても、その権利者自ら任意に執行裁判所に対してその権利の証明、申出をしない限り、執行裁判所において、仮処分関係書類を執行記録に備えず、公告その他、競買人に対しその仮処分の存在を知る機会を与えるべき措置を執らないとしても、むしろ法に従つて競売手続を進める執行裁判所としては当然の経過であつて、手続上の違法は存しない。このことは、仮処分執行中であることが執行裁判所に顕著な事実であるとしても、当事者並びに利害関係人間の利害の調節を利害関係人の任意の申出に係らしめ、ただ利害関係人の任意の申出を促すために公告することを執行裁判所に命じるに止まる法意に鑑みるときは、仮処分によつて保全されている仮処分債権者の利益、競売手続の遂行によつて実現されるべき債権者、抵当権者の利益、競落人の利益等の調節について、執行裁判所の職権活動は抑制されるものと解せられ、執行裁判所が法によらずして情況に応じ進んで特に競買人の利益を優先的に保護する特段の措置を執ることを当然とすることはできない。なお、競落人は、競落に伴う敷地賃借権の移転に対し地主(建物占有移転禁止仮処分の債権者)の承諾を得る必要上、また敷地賃借権が既に消滅している場合には新たに賃借権を設定する必要上、通常は、地主について競落の事前に敷地と建物との諸関係を照会調査すべく、そうすることによつてその機会に地主と地上建物所有者との間の仮処分の存在ないしその紛争の実情を知り得る筈である。その際、仮りに地主が仮処分の存在なり紛争の実情なりを告げなかつたとしても、かかる競落人自身の通常なすべき調査を怠つておいて、または利害関係人たるべき者の任意の協力がないからといつて、ひるがえつて執行裁判所の違法をいうのも筋違いと考えられる。
されば、原告の本訴請求はその余の点を判断するまでもなく理由がなく、棄却を免れない。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 立岡安正)
訴状
住所 東京都中央区西八丁堀二ノ一八
(但シ送達場所)
東京都中央区宝町一ノ三 吉住ビル
株式会社大村商事気付
原告 氷上商事株式会社
右代表取締役 西垣正弘
被告 日本国
右代表者法務大臣 小島徹三
損害賠償請求の訴
訴訟物の価格 金五拾万円
請求の趣旨
被告は原告に対し金五拾万円を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求める。
請求の原因
原告は昭和三十三年(ケ)一、六一二号競売事件に於て、別紙目録建物を競落し昭和三十五年二月十七日その代金及び登記費用を完納した。
前記建物の敷地は借地にてその地主たる東京都大田区馬込西二ノ二七ノ五所在の久保井浜子に借地人の名義変更を依頼したが応ぜられず、また該建物に入居しようとした所執行吏が来て追い出された。
事情を調べると該建物は前所有者たる建部弘が地代滞納のため仮処分がかけられている事が分つた。
原告が前記競売事件に参加した時閲覧した記録には仮処分の綴込みはなかつた。
誰でも参加出来る公開の競売物件を買つてそれに入居出来ない等と云うことは普通の常識人として考えられない。
従つて原告としては、仮処分中の建物の売買を斡旋したこと、又記録に仮処分の綴込みがなかつたことは国家の重大な過失と思われる。
このため原告が受けた損害競落代金及び登記費用壱百九拾六万参千五百円、及びこの事件のために費した営業費、交通費月額壱拾万円、昭和三十五年二月より八月迄の六ケ月計六拾万円並びに該建物を時価にて処分し得た時の金額の差額金壱百参拾参万六千五百円合計参百九拾万円の賠償請求権を有するのであるがこのうち金五拾万円を先づ請求する次第である。
立証方法
口頭弁論の際必要に応じて提出する。
附属書類
資格証明書 一通
右の通り出訴する。
昭和三十五年八月二十三日
右原告 氷上商事株式会社
代表取締役 西垣正弘
物件目録
東京都大田区南千束町弐八九番地
家屋番号 同町七八八番
一、木造瓦葺平家建居宅 壱棟
建坪 弐拾六坪九合六勺
実測 弐拾八坪九合九勺
附属
一、木造瓦葺平家建物置 壱棟
建坪 参坪
現況弐階建居宅兼物置
建坪 参坪 弐階参坪
答弁書
原告 氷上商事株式会社
被告 国
昭和三十五年十月二十五日
被告指定代理人
東京都港区赤坂一番地 法務省訟務局
検事 木下良平
法務事務官 小林準之助
請求の趣旨に対する答弁
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
との判決を求める。
請求の原因に対する答弁
一、請求原因事実のうち、原告主張のように東京地方裁判所昭和三十三年(ケ)第一、六一二号不動産競売事件において、原告がその主張の建物を競落し、右競落代金及び登記費用を完納したこと右建物敷地の所有者は久保井浜子であり、右建物については同人より前所有者建部弘に対し占有移転禁止の仮処分がなされていたこと、前記競売事件の記録に右仮処分命令の書類が綴込んでなかつたことは認める。
原告の主張中仮処分がなされている建物を競売したこと、又競売の記録中に仮処分の書類を編綴していなかつたことは、国の重大な過失であるとの主張並びに損害額の点は争う。
その余の事実は不知。
(本件の経緯)
一、訴外高津産業株式会社は、昭和三十三年九月二十四日債務者建部弘に対する債権につき、原告主張の本件建物に対し設定されている根抵当権実行のため東京地方裁判所に競売申立をなし、同裁判所は右申立に対し同月二十五日競売開始決定をした。そして同三十五年一月二十九日の競売期日において、原告が最高価競買人となり、同年二月二日原告に対する競落許可決定がなされ、競落代金を納入して、本件建物を原告が競落するに至つた。
二、ところで、これより以前昭和三十四年五月七日東京地方裁判所より債権者久保井浜子、債務者建部睦子外四名間の仮処分申請事件において本件建物に対する占有を執行吏の保管に付し、その占有移転の禁止を命ずる仮処分命令がなされ、同日執行された。
その後右仮処分債権者の申請により同年八月六日深谷執行吏代理早乙女柴三郎が点検に赴いた際、原告会社の係員より頼まれ入居したという広瀬一郎が同建物内に居住使用していたため仮処分命令に基き、同人を右建物より排除した。
(被告の主張)
原告は、本件建物に対する前記競売手続において、その記録に仮処分の書類が編綴されていなかつたことをもつて、右競売手続に瑕疵があり、被告はその過失によつて生じた損害を賠償する責任があるとするもののごとくである。
しかしながら、競売手続において、競売の対象である不動産について仮処分が行われていることを公告すべき旨を定めた規定はなく、従つて執行裁判所においては競売手続を進行するにつき仮処分がなされていることを調査してこれを公示すべき義務もまた競売記録に仮処分に関する書類を編綴しておく義務も存しないのである。
よつて本件競売手続には、何らの瑕疵もなく、原告の請求は、主張自体失当であることは明らかであるから、速かに棄却さるべきである。